ちょっとした小噺

昨日は風がすこぶる強かったものの、天気が良かったので気分転換に河原でぼーっとしつつ、デザイン本を読み進めるという、ちょっと意識高いかもしれない時間を過ごして、ほんの少しだけ悦に浸りました。

 

今日は『国際母語デー』という国際デーらしいです。

こういうこと書き始めると、毎日なんらかの意味がある日なんですよね。個人的にはそんな意味ある毎日と人生を無駄に生きてることを悟りたくなくて、あまり○○の日というのは意識しないように生きてますが、今日はなんとなく何の日なんだろうと思い調べてみました。

唯一気になったものを備忘録として書いておこうと思います。

 

そもそも国際デーって、祝日にはならないですし。

私たちからしたら国際デーってあまり気にならない存在ですよね。

 

 

英語表記は「International Mother Language Day」。日本語では「国際母語の日」とも表記される。言語と文化の多様性、多言語の使用、母語の尊重を推進することが目的。

 

らしいです。

 

うわー耳に痛いです。

たまたま調べた日がこんな愉快な日だなんて、運命が私に圧をかけてきてると感じます。

 

多様性という言葉は意味が広がり過ぎていて、あまり好きじゃないのですが、文化や言語の味?は定着する年代によって意味が変わることを理解しているつもりなので、私としては大変興味深いです。

 

例えば『ストーカー』という言葉がありますよね。

今では犯罪的な意味を多く含んだ危ない言葉に感じる方が日本では多いのではないでしょうか。

ですが、1970年代で『ストーカー』という言葉はまだそこまで危ない意味を含んでいなかったようです。

「密かに獲物を追うハンター」みたいなふわっとした感じの意味だったらしいです。

それがいつの間にか、犯罪的な意味が強い言葉になったそうです。

 

時代とともに私たちの言葉は言語は成長してカタチを変えているんだなと思ったものです。

 

おそらく私たちの母語でもそういう本来の意味から変化して意味合いの比重が変わっているものは多いんでしょうね。

 

自分が当たり前に多用している言葉の意味を調べて、正確な意味を知って、綺麗な母語を身につけるチャンスの日だなと思いました。

 

 

余談ですが、

私の上司は、起承転結で話をしてくださる時、だいたい結が「デザインとはそういうことだよ」で締められるんですが、(良いこと言った風になるし、便利な締め言葉だよな…)

デザインするとは、「問題を解決する為の行為そのものを指している」という認識は理解できます。

雇われデザイナーの多くは、企業の利益追求が最も重要なのでこのような認識を持つようになるのが普通みたいです。

なので、デザインの意味はそんなんじゃないと思う人がいるなら自由に各々思っていて良いんじゃないですかね。思うだけなら自由。

自分が正解だと信じるものを選んで生きてれば皆きっと自分の望む幸せが手に入るはずなので、他人の理解が得られない分野でも感情を荒立てて争う必要はないかと思います。

自分の言動にに自信がないから違う意見や価値観を攻撃しないではいられないと思うのでなかなか可愛くはありますがね。

自分が信じるもののために、はたから見れば独りよがりに見えても生きていける方が幸せだなと私は思います。

 

 

 

話が飛び飛びですが、

母語を学び知る、新しい言語や文化を知るというのは、結果的に自身の視野が広がるので、自分の生活をデザインすることでもありますね。

 

 

 

#デザイン #小噺 #国際母語デー